2日目は、地元ガイドの福原さんにご案内をいただきました。

まずは浦富海岸から。
普通まずは海岸におりるのですが、この日は北風ぴゅーぴゅーのさむーい日。
風あたりの強い場所を避けて集落歩きからはじめます。
漁業により発達してきた集落のせまーい坂道の路地をぬけて千貫松島へ。路地萌え〜

沖にみえてる松のついた岩が千貫松島。
2代目藩主が「沖にあるあの岩つきの松を我が庭に植えたら銀千貫をあげるよ」と言われたことから千貫松島とよばれているらしいです。
岩はバキバキに割れた花崗岩。周囲には断層もいくつかある感じでした。断層もえ〜

のらねこ。
めっちゃ懐っこかったー。ねこ…ハァハァ

途中展望台に寄って景色をみながら城原海岸へ。
ここでは花崗岩に貫入してきた赤い岩石が、岩岩してます。
貫入萌え〜

節理が入ったとこだけ色がぬけて白っぽく見えてる。
この節理の方向が航空写真で見える大きな割れの方向と揃ってる萌え~!

この辺でおひる。
浜坂集落にあるマル海ビルにて天ぷら定食ー!美っ味!茶碗蒸しもえ〜!
ほっこり一息ついたところで、午後の部スタート。

ちょっと戻って塩谷海岸へ。
この辺の安山岩には磁鉄鉱が入ってるので風化してできる砂には砂鉄が含まれてます。
マニアックな小道具が…!!これで砂鉄を集められます。砂鉄萌え!
こういう工夫があると楽しく遊べ&学べますね。素敵。
僕はあんましこういうの作ってないなー。見習わなきゃ。

さらに、海蝕洞に入って遊びます。
中の写真撮り忘れたー、けど風がないのであったかく感じました。洞窟萌え〜

んで、このへんは北前船が風待ちをしていた港。
このへんの岩に穴をあけて直接 and/or 木材を埋めて係船したりしていた名残がまだのこってます、、が、写真撮り忘れたー!!
高台から見ると、確かに北西側に屏風的な岩があって風を防いでくれそう。
地形萌え〜

集落の中には高台に神社が。灯篭などの奉納品をみると、防州、越後、東京などなど日本全国から。
北前船で全国から人が来てたんだなーってのがよくわかります。信濃屋増五郎萌え〜

こういう岩岩した海岸線だと大きな船が入って係船できるから当時は栄えた。
逆に鳥取砂丘みたいに砂砂した海岸だと遠浅になるし係船しにくいし風もあたるから船停められへんわ、でスルーされる。だから北前船の直接の恩恵には与れなかったみたい。
想像だけど、海が荒れてくると、わーどっかそのへんの港ににげこめー、船係留しろー、上陸してどっか泊まるぞー、風呂ー、めしー、酒ー、ってんで港は大賑わいになったでしょうね。

集落の中には北前船によって富を得ていた豪商のお屋敷があり、いくつかは、ゲストハウスだったりカフェだったりとして残っている。
ひろーい。重厚な作りの屋敷萌え…!お茶室なんかもあったりしちゃったりして。今はお休みシーズンらしかったのですが、ガイドの福原さんのおかげでコーヒーやお菓子をごちそうになりました。ありがとうございました!!

さらに移動して浜坂集落へ。ここは運河を発達させた街。
海から運河を通じて船であがってきて、家の裏手に係船し、そのまま荷物を運び込めるようになっている。石垣萌ええええ!
人が上がるための階段と、船に直接積み下ろしできるタラップとが両方作られてる便利!

この集落は温泉の出る集落。消雪装置のための水源掘削中に偶然温泉が発見され、いまでは各家庭に温泉の蛇口があるということ!!いいなあ。温泉萌え〜!
温泉マンホール

最後には、無理を言ってお願いして温泉へ!
集落名が「湯」。温泉小学校、なんていう冗談みたいな名前の学校もある。
住所は新温泉町「湯」のxx番。
というわけでおんせーん

寒くて体調悪かったので、ほんと助かりました。萌え。

まとめ。
砂丘から岩石海岸へ。
北前船の往来により発達し、現在はカニ漁により栄える港。
そこには、地質や地形、季節風、そして海の幸なんかが要因になって街が発達し、人々の往来があり、いまに引き継がれている。人力や自然の力だけで人やものが行き来し、物的交流が生まれ、各港の豪商や文化を育てた北の海の豊かさ、すげえ。そして北前船からハブにされてた九州人からすると、へー、こんなのが…!という日本の文化の多様性を実感できて、面白い体験でした。

GO! KITAMAEBUNE

大岩根尚

Author 大岩根尚

宮崎生まれ。大学時代から地質学・海洋地質学を専攻し、2010年に東京大学にて環境学の博士号を取得。卒業後は国立極地研究所に就職し、南極観測隊として南極の調査に参加。2013年10月より三島村の地球科学研究専門職員に転身し、村のジオパーク認定に尽力した。2017年4月より三島村の硫黄島に移住し会社を設立。教育、人材育成にもフィールドを広げ活動中。

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